2007/03/16

聖書にはなんと書いてあるのか?

最近あることでヤフーでは超有名?な牧師とスカイプで一時間以上も話すことになった。話すきっかけは超有名?牧師がチャットにはまってしまったために、現実の教会の教会員のことを後回しにするというお話しを、その超有名な牧師の教会員の方に相談?(もしかしてただの愚痴?だったりして)を持ちかけられたためだ。
はじめは、教会の考え方・牧師の考え方について知る必要があったために回りくどい質問をさせていただいた。そしてあることに気が付いた。この方は、はじめに「聖書ありき」ではない。はじめに思想ありきの牧師だということだ。牧師の思想スタイルは聖書をよく読みなにが書かれているかを判断するのではなく、異なったキリスト教会の各教義(思想も含むかな)によって判断しているのだ。
わたしは、何度も聖書にはなんと書かれていますか」と尋ねた。さらに聖書に書かれていないことまでも自分流にアレンジして解釈しようとされていた。また、私が以前通っていた牧師とかなりの点で似かよっていた。
牧師 is Best ! なのだ。
自分が考えていることはベストであって普通一般の人にも受け入れられると勘違いされている。
自分が嫌なものは、他の方も嫌であり、良いと考えるものは他の方にとっても良いと考える牧師。
勘違い牧師の典型的なパターンである。

だから・・・人の忠告は・・・自分の考えと一致しないものは一切受け入れない。一致するものだけを受け入れる。そして一致しない忠告は牧師への非難として受け入れる。

如何にチャットの世界で多くの人が集まろうと、リアルな教会で多くの人が去っていく現状をケースbyケースだとのん気に話している性格もいかがなものか。
チャットにのめりこんで教会員の牧会を後回しにしてしまう変わった牧師がいることに驚いた。

私は言いたい牧師の職務は

「聖書にはなんと書かれているのか」

と大きな声で・・・・

2007/02/20

生まれて初めて・・・・・。

私が教会に通うきっかけを作った人に今日20数年ぶりに再会した。

その方は私が生まれて初めて出会ったクリスチャンであり、アメリカ人の宣教師ボブ・マッケミー師その人だった。
マッケミー先生は当時奥多摩バイブルキャンプ場のディレクターをされていた。わたしもそのキャンプ場で毎年参加者として、またワーカーとして過ごし、たくさんの思い出と学びをした。現在のわたしの信仰の土台がそこで形成されたといっても良いかもしれない。

数日前からマッケミー先生と会いたいと思っていた。偶然にも??某電気屋の階段で二人のアメリカ人とすれ違い、ふと見ると風貌は老いたとはいえまさしくそのマッケミー先生だった。

思わず「マッケミー先生!」と声を出してしまった。
不思議な顔をしてマッケミー先生は振り返りわたしの顔を見る。

「お久しぶりです。20数年ぶりですね・・・・」

マッケーミー先生は私の名前を覚えていなかった。

悲しかった。

辛かった。

今まであったことをいろいろ話したかったのに。そしてもう一度初心に戻りたいと思っていたのに。

しかし、先生は私の名前を覚えていなかった。

Σ('□'*('□'*('□'*('□'*)ガビーン!!

そして、「またね!」と別れた。

( ̄へ ̄) ウーム 悲しいよねこれって・・・・・・。

でも、また会いに行こう。先生は昔と同じようにわたしが以前通っていた教会にいるのだから。

「陶工房」の執筆にあたって

「陶工房」2月20日号がいよいよ発売される。
「陶工房」の執筆を昨年7月に依頼されて半年以上が経つ。思いもかけない依頼だったが何とかここまで来たかなと思いつつも、これでよいのだろうかと考えさせられる。
2月20日号では、韓国から来た陶工たちのことに少し触れた。その一文を韓国の方に見せたところ、お叱りの言葉を受けた。韓国人の陶工は日本に来たのではなく、拉致されてつれてこられ幽閉されて作業に従事させられたのだということなのだ。
確かに私たちは北朝鮮に拉致された日本人のことばかり考え話題にするが、日本人こそ朝鮮半島から多くの人を拉致し仕事に従事させている事実を忘れ去っている。安土桃山時代には豊臣秀吉が、第二次世界大戦を前後して多くの朝鮮半島に住んでいた人々を武力をもって拉致してきた。今現在も在日韓国人、朝鮮人の方々が日本には多くいる。そして日本経済や文化を支えている。文禄・慶長の役において連れてこられた陶工たちの子孫は、現在も日本で活躍している。また、韓国の窯産地の復興を手助けした。驚くべき歴史だ。驚くべき朝鮮半島の人々。私は、とてもすばらしいと思う。
そして悲しい歴史をこれからも正しく伝えていきたい。そして謝罪するべきは謝罪しなければいけないのだと思う。
次号ではそのことに少し触れたいと思う。日本の陶芸文化は朝鮮半島のたくましい人々によって支えられてきたことを書きたいと考えている。